日本人初の
ドラフト一巡目指名!
八村塁選手まとめ

八村選手といえば、今年のNBAドラフトで1巡目指名を受けるという快挙を成し遂げ、全国的に騒がれました。

また、ワールドカップでも日本代表のエースとして、本戦出場に導いたことでも知られています。

この記事では、八村選手の経歴について書いていきます。

八村選手に憧れてバスケを始めた、という子も多いかと思いますので、是非最後までご覧ください。

 

 

出典:https://basket-count.com/article/detail/37736

バスケットを始めたのは中学から

富山県の奥田中学校に入学した八村選手は、バスケットボール部に入部しました。

コーチや級友からの誘いで始めたバスケットですが、次第にバスケットにのめり込んでいきました。

中学生のうちに恵まれた体格や身体能力と、チーム1の練習量でまたたく間に成長し、彼が3年生のときには全国大会で準優勝まで昇り詰めました。

中学卒業後、宮城の明成高校に進学します。

進路の決め手は、

「高校卒業後アメリカに行けるか」

でした。

この頃からすでにNBAを意識していたことが見てとれます。

中学時代は典型的なインサイドプレイヤーでしたが、高校に進学してからはアウトサイドからのプレーも徐々に増えてきます。

NBAを目指すため当時の体格や運動能力に満足せず、オールラウンダーとして総合的なスキルを身につけようと練習を重ねてきたのでしょう。

また、八村選手は高校1年生からスタメンで起用されており、ウィンターカップ3連覇の立役者として活躍しました。

高校卒業後に渡米

 

高校卒業後、アメリカのゴンザガ大学に進学した八村選手は、ますます力をつけていきます。

特に3年生になってからは、ゴンザガ大学の中心選手としてチームを引っ張ります。

11月に行われた全米大学男子バスケットボールの「マウイ招待(ハワイ州)」では、全米屈指の強豪を次々と破り、決勝では全米ナンバー1のデューク大学を下し、チームを優勝に導きました。

なお、八村選手は決勝でチーム最多の20得点、7リバウンド、5アシスト、3ブロックをマークしています。また、大会全3試合での活躍が評価され、見事MVPに輝きました。

 

ジュリアス・アービング賞受賞

2019年4月、八村選手は日本人初の快挙となる、ジュリアス・アービング賞を受賞しました。

ジュリアス・アービング賞はNCAAの年間最優秀スモールフォワードに送られるもので、この受賞がNBA入りを確実なものにしたことは間違いありません。

八村選手はシーズン中37試合に出場し、1試合平均19.7得点、6.5リバウンド、FG成功率59.1%、スリーポイント成功率は41.7%を記録しました。なお、シーズンを通して1試合平均20得点、FG成功率60%を超えたのはザイオン・ウィリアムソンだけだったそうです。

ザイオン・ウィリアムソンについてはこちらの記事をご参照ください

まとめ

今回は八村塁選手について書かせていただきました。

八村選手がNBA入りを果たした要因は、中学時代からNBAを意識してきたこと、オールラウンダーとして動けるよう練習を重ねてきたことです。

バスケットは体格のスポーツ、と表現されるように、身体の大きい選手が有利だということは間違いありませんが、それ以上に日々の練習や意識が選手の成長を大きく左右します。

プロを目指したい、という方は是非この瞬間から目標を意識し、毎日の練習に励んでください。

B the B公式プロコーチ。 中学時代からバスケットボールに打ち込み、引退後コーチを志し、中京大学のスポーツ科学部に進学。 大学でコーチ・トレーナーについて学ぶ。 大学在学中からコーチ活動を開始。 卒業後、スポーツ科学、心理学の知識を活かし、プロバスケットボールコーチとしてスクールやマンツーマンレッスンを行う。

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紹介した一部の声以外にも沢山の選手が上達を実感し、
今も最高の自分に近づいています。 

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あなたも、B the Bで最高の自分に!